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東京高等裁判所 平成9年(ネ)1510号 判決

控訴人(原告)

大澤賢三

訴訟代理人弁護士

樋口和彦

被控訴人(被告)

新日本商品株式会社

代表者代表取締役

河内源八郎

訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、四八四万六六五六円及びこれに対する平成六年一一月四日から支払い済みまで年五分の割合による金額を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じ、これを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の、それぞれ負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、一〇四二万九三一二円及びこれに対する平成六年一一月四日から支払い済みまで年五分の割合による金額を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要〈省略〉

第三  当裁判所の判断

一  本件商品先物取引の経緯等について

証拠〔甲一号証、三ないし五号証、八ないし一〇号証、二四号証、二九ないし三七号証、四〇号証、乙一ないし二〇号証、三〇号証の一ないし三、原審における証人渡辺和則の証言、原審における控訴人本人の供述〕並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる(ただし、前示引用に係る原判決が摘示する争いのない事実を一部含む。)。

1  控訴人は、大正一五年四月一六日生まれの男性で、県立伊勢崎商業高校を卒業後、漬物会社等を経て日本電建に就職し、昭和五一年に同社を退職した後は他社で事務職あるいは工員などとして勤務していたが、昭和六一年に退職後は、主として年金収入により一人住まいの生活をし、仕事に従事することはなかった。

本件生糸先物取引が開始された平成六年当時、控訴人は、厚生年金などの公的年金等を年額二三六万六三九四円受給しており、右の収入に係る年間の所得金額は九六万六三九四円とされ、市民税及び県民税に係る年税額は〇円(非課税)であった。

当時の控訴人の資産についてみると、控訴人は、住所地の宅地四筆(ただし、現況。地積合計958.31平方メートル)及び建物を所有するほか、四筆の田畑を所有しており、右田畑は他に賃貸していた(なお、これによる控訴人の賃料収入は、年間約五万円前後と窺われる。)。これらの土地は、控訴人がいずれも相続により所有権を取得したもので、建物も併せた固定資産評価額の合計は四〇四九万八〇六二円であった(ただし、控訴人が居住する宅地建物以外の、田畑四筆の固定資産評価額の合計は四四万三五六八円に過ぎない。)。控訴人は、他に、約二三〇〇万円の預貯金を有し、また、妻きみからの相続により取得した第一勧業銀行の株式三〇〇〇株を保有していた。

2  控訴人は、本件生糸先物取引の勧誘を受けるまで、投機取引はもとより投資取引にも特に関心を持っておらず、商品先物取引の経験がなかったばかりでなく、株式等の投資取引をしたこともなく、平成元年七月に相続により取得した第一勧業銀行の株式三〇〇〇株も、全く動かすことなくそのまま保有していた。

また、控訴人は、社会の事象に対する理解力や自らの行動の当否についての判断能力自体は通常人に比べてさほど劣るとは窺われないものの、対人関係上のあつれきを恐れてか、自らの考え方を明確に表現することを避け、あいまいな表現を好む傾向があり、控訴人のこのような性格や、おそらくは加齢による現象も加わって、控訴人には、自らの行動を選択するために必要な判断を行い、その意思を決定するのに、通常人と比べてかなりの時間を要する傾向が認められる。

3  平成五年春ころ、被控訴人群馬支店の従業員から、控訴人に対し、電話で「生糸の相場が今までの統計からみても底値のところにきていて、時期的によい時期なので、生糸の先物取引をやりませんか。今買えば、絶対に損はしません。」との趣旨の生糸の先物取引の勧誘があったが、控訴人は、「私は商品先物取引の知識もないし、また資金もないし、やる気はありません。」との趣旨を伝えてこの誘いを断った。

しかし、その後も、被控訴人群馬支店の従業員から、控訴人に対し、二、三回にわたり電話による商品先物取引の勧誘があったが、控訴人は、「私はもう六〇歳を過ぎて、老齢厚生年金を貰っている。年金生活者なんて、商品先物取引をやるようなあれではないから、もっと現役のぱりぱりしている人の所へ行って勧誘するのがいいんじゃないですか。」との趣旨を伝えてこの誘いも断った。

さらに、平成五年一一月ころ、同支店の従業員阿部智之及び宮崎忠広が控訴人宅を訪問して、控訴人に対し、「今、生糸が底値の時期になっていて、買えば絶対に儲かるからやってみませんか。」などと先物取引を勧誘したが、控訴人は、この誘いを断った。

4  被控訴人群馬支店従業員(営業部長)渡辺和則(以下「渡辺」という。)は、平成六年二月一八日、「株式名簿」(名簿業者が作成した株式を保有する者の名簿)をもとに、控訴人に電話をかけ、控訴人に対し、二月の初めに生糸の相場が六九四六円(一キログラム当たりの単価)の安値を付け、その後徐々に値上りしているといった生糸相場の状況を話し、間違いなく儲かる話として、先物取引により生糸を買い付けることを勧誘した。

これに対し、控訴人は、以前にも被控訴人群馬支店の従業員から数回にわたり商品先物取引の勧誘を受けたこと、株式が五〇〇〇株ほどあるが、近所の農家の人が商品相場に手を出して大損し、田畑を手放すはめになったことがあって、商品相場は危険なものであるという漠然とした印象を持っていることなどを伝え、渡辺の勧誘を断った。

5  渡辺は、平成六年七月一二日の午前中、再び控訴人に電話をかけ、控訴人に対し、「生糸の相場が五月初めには九六四五円まで上がったが、今はまた七〇〇〇円台まで下がってきているので、買い付けるチャンスです。」などと、渡辺を含む被控訴人群馬支店の従業員らによる従前の勧誘の際と同様の趣旨の話をして、生糸の先物取引を勧誘した。

控訴人は、もともと商品先物取引についての具体的な知識は全く有していなかったが、右のように、近所の農家の人が商品先物取引に手を出して大損し、田畑を手放すはめになったというようなことを聞き知っていたので、商品先物取引は危険なものであるという漠然とした印象をもっていたことや、それまで株式の現物取引すら経験したことがなく、年金生活を送っていて、経済的な余力もないと考えていたところから、商品先物取引をしようというような気持ちは全く持っていなかったので、被控訴人群馬支店従業員らの勧誘を断ってきたが、「今、生糸の相場は底値で、これからは上がる一方だから、買えば絶対に損はしない、確実に儲かる、これをみすみす見逃す手はないでしょう。」との趣旨の度重なる右のような勧誘に、「絶対に」なんていうことはいえないのではないかと思いつつも、次第に、「何事も物事は知らないよりは知っていたほうがいい。勉強のつもりで、少量の取引ならやってみてもいいのではないか。」というような気持ちに傾斜してきていた。

そこで、控訴人は、渡辺に対し、「どの位から取引できるのか。」と尋ねたところ、渡辺が「(取引単位の)一枚の証拠金が五万円です。」との趣旨の説明をしたので、控訴人は、勉強のつもりで商品先物取引をやってみようと思い、渡辺に対し、「一〇枚ぐらいならやってもいい。」と伝え、結局、契約等の手続をするため、渡辺が控訴人宅を訪問することとなった。

なお、原審における証人渡辺は、本件生糸先物取引への勧誘の仕方について、「生糸を買ってみたらおもしろいんじゃないですか。」との話に終始した旨を供述し、その作成した陳述書〔乙一八号証〕にも同旨の記載がある。しかし、渡辺の勧誘に先行する同じ群馬支店の従業員阿部智之及び宮崎忠広らの勧誘の仕方については前示のとおりであり、何よりも、それまで商品先物取引はもとより株式の現物取引すら経験したことがなく、商品先物取引については危険なものとの印象を持っていて、既に社会の第一線を退いて年金生活に入って久しく、しかも、優柔不断で気の弱い性格の控訴人が、右の渡辺の証言、陳述するような仕方で勧誘されたからといって、商品先物取引に手を出してみようという気持になり、その決断をすることができるものとは到底思われないのであり、渡辺が証言し、陳述書が記載する右のような勧誘方法は、綺麗ごとに過ぎるなど、却って不自然であるというべきであって、採用することはできない。

6  渡辺は、同日、午後二時ころ控訴人宅を訪問し、控訴人に対し、大学ノート様の用紙に簡単な図を書くなどして、商品先物取引の仕組みのあらましについて説明し、また、生糸は今が買い時であることなどを話し、約諾書等の契約関係書類の必要事項に記入や署名・押印を求めた。その後、渡辺は、控訴人から生糸一〇枚分の取引の委託証拠金として五〇万円を預かったが、既に午後四時近くになっていたので、買付けは翌日の前場の寄付きで行うこととし、「約諾書及び受託契約準則」と題する書面〔乙二号証〕、「商品先物取引・委託のガイド」と題するパンフレット〔乙三号証〕及び「商品先物取引・委託のガイド別冊」と題する書面〔乙四号証〕を「読んでおいて下さい。」と言って控訴人に手渡し、控訴人宅を辞去した。

控訴人は、渡辺の右の説明によっては、商品先物取引の仕組みや追証拠金を含む委託証拠金の内容、取引の決済の方法、更には商品先物取引のリスクの具体的な意味内容等についてよく理解することはできなかったが、この時点では、控訴人としては、三週間位かけて、貰った「商品先物取引・委託のガイド」等を読んで、いくらか勉強をし、少しずつゆっくり時間をかけて取引をして行きたいとの考えであった(このような控訴人の発想自体が、控訴人において商品先物取引の何たるかを的確に理解できていなかった証左というべきであろう。)。また、控訴人としては、委託証拠金の額にして一五〇万円から二〇〇万円程度の範囲で取引をし、仮に損を出したとしても右金額の範囲であれば、いわば勉強賃として自身を得心させようといった心づもりであった(右のように、商品先物取引によって生じる損が委託証拠金額の範囲内で収ることを前提としているかのような心づもりで商品先物取引をしてみようとしたこと自体も、控訴人において商品先物取引の何たるかを的確に理解できていなかった証左ということができよう。)。

なお、渡辺は、原審における証人尋問において、控訴人に対し約諾書への署名・押印を求める前に、「約諾書及び受託契約準則」と「商品先物取引・委託のガイド」を使用して、商品先物取引の仕組みやその危険性及び委託証拠金等について説明した旨証言する。しかし、控訴人の原審における本人尋問の際の供述が全体としてはその記憶があいまいであることを窺わせる内容のものであるにもかかわらず、右の点については、控訴人が、「約諾書及び受託契約準則」や「商品先物取引・委託のガイド」及びその「別冊」の内容について、約諾書を作成する前に渡辺から説明を受けたことはなく、これらの書面は、約諾書を作成した後、渡辺が帰る際に、「読んでおいて下さい。」ということで手渡された旨を明確に供述していることや、渡辺作成の陳述書〔甲一八号証〕には、渡辺が控訴人宅で行った商品先物取引に関する説明の状況について、「私は、このときも確認のため、便箋に書きながら商品先物取引の説明をした後、契約関係書類を作成してもらいました。」との記載があるのみで、「約諾書及び受託契約準則」や「商品先物取引・委託のガイド」に基づいて所要の説明を行った旨の記載は一切ないこと等に照らし、渡辺の右証言は採用できない(なお、仮に、渡辺が、控訴人宅において、控訴人に対し「約諾書及び受託契約準則」や「商品先物取引・委託のガイド」を使用して商品先物取引の危険性や仕組み等についての説明を行ったものとしても、控訴人宅を訪問して、初対面の挨拶をし、生糸相場の値動きの状況の説明や、約諾書等の契約関係書類の説明、所要事項の記入等に要する時間を含め、控訴人宅を辞去するまでの僅か二時間足らずの間に、商品先物取引の仕組み、危険性、取引の委託の方法、手順、追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等について、これまで信用取引はもとより株式等の現物取引をした経験も全くない、高齢で年金生活に入って久しい控訴人が、商品先物取引とはいったいどのような取引なのか、を的確に理解することができるような内容の説明を行い得たものとは到底認め難い。)。

7  被控訴人は、社団法人日本商品取引員協会(以下「商品取引員協会」という。)において定めた「受託業務に関する規則」七条の規定を受けて、社内規則としての「受託業務管理規則」を定めているが、その二条(商品先物取引不適格者の参入防止に関する規定)において、「恩給・年金・退職金・保険金等により主として生計を維持する者」等、一定の者に対しては商品先物取引の委託の勧誘及び受託を行わないこととするものとしており、また、その三条において、商品先物取引を行おうとする顧客について、①氏名、住所、勤務先等、②職業、年齢、性別及び家族構成、③資産及び収入の状況、④商品先物取引及び証券取引の経験の有無、等の事項を記載した「顧客カード」を備え付けるものとしており、この顧客カードは担当の外務員等が所定の事項を記載し、受託前に予め管理担当班の責任者に報告し審査を受けるものとしている。

しかし、渡辺は、右のように控訴人に対し商品先物取引を勧誘するに際して、予め控訴人の職業、年齢や収入等の生活状況あるいは資産状況を調査しておらず、六月一二日に控訴人宅を訪問した際にも、控訴人に対して、その職業、年齢や収入等の生活状況あるいは資産状況について尋ねることもしなかった。そして、渡辺は、控訴人の顧客カードには、これらの事項を控訴人とのやり取りの中から憶測し、これに基づいて記載した。

8  渡辺は、翌一三日の横浜生絲取引所の前場一節で控訴人の委託に基づき、生糸一〇枚を買い付けた。

そして、その後における本件商品先物取引の内容及び経過等は、原判決別紙売買一覧表(生糸)及び売買一覧表(ゴム)に記載のとおりである。

本件商品先物取引は、平成六年一〇月二六日、渡辺の勧めにより、それまで建ててあった買い玉一一五枚を仕切らないまま、同数の売り玉を建てて両建てとしたため、控訴人が証拠金に充てるため被控訴人に預託していた現金及び第一勧業銀行の株式三〇〇〇株では委託証拠金が不足するに至り、新たに委託証拠金の追加拠出を要することとなったところ、この委託証拠金の追加拠出を渡辺から求められた控訴人において、その長男範之が妻きみからの相続により取得した株式をもってこれに充てたいと考え、その旨範之に相談したことから、本件商品先物取引の存在が範之及び長女の知るところとなり、控訴人が、両名に勧められて後に本件訴訟の控訴人代理人となった樋口和彦弁護士に相談し、その結果、同弁護士の指示により、同年一一月四日、本件生糸先物取引の手仕舞が未了であった買建玉及び売建玉各一一五枚、計二三〇枚が一挙に仕切られ、本件商品先物取引が終了した。

9  次いで、本件商品先物取引における取引勧誘の違法性の判断に関わるいくつかの特徴的な点について、具体的にみることとする。

(一) 本件生糸先物取引は、平成六年七月一三日の一〇枚の買付けから始まったが、その直後の翌一四日には更に五枚が買い付けられ、翌一五日にも更に五枚が買い付けられ、引き続き、同月二二日に更に二〇枚が、同月二七日にも更に二〇枚がそれぞれ買い付けられ、取引開始後、僅か二週間の中に六〇枚もの取引が行われているところである。

ところで、前示のように、控訴人は、七月一二日に約諾書を作成した際の渡辺の説明によっては、商品先物取引の仕組みや追証拠金を含む委託証拠金の内容、取引の決済の方法、更には商品先物取引のリスクの具体的な意味内容等についてよく理解することはできなかったが、三週間位は手渡された「商品先物取引・委託のガイド」を読むなどして勉強し、少しずつゆっくり時間をかけて取引をして行きたいと考えていたのであり、また、控訴人としては、委託証拠金の額にして一五〇万円から二〇〇万円程度の範囲での取引に止めたいという心づもりであった(このように、委託証拠金の額が二〇〇万円の範囲の取引に止めるとすれば、その範囲で可能な生糸先物取引の枚数の上限は四〇枚ということになるから、右の時点で既に枚数にして二〇枚、証拠金の額にして一〇〇万円も上限を超えてしまったことになる。)のであるから、右のような取引は、控訴人の本来の意に反するものであることは明らかである。しかし、控訴人は、渡辺から電話で「順調に値が上がっている、いいチャンスだからもっと買増ししましょう。」との趣旨の買付けの勧誘を頻繁に受け、自らが考えていたのと全く違って取引のペースが余りに早いことにめんくらってしまった〔原審における控訴人本人の供述〕が、前示のような控訴人のいわば優柔不断で迅速な判断や明確な意思決定ができない性格が災いして、気持ちの整理ができないまま、当時は渡辺が予測するように生糸相場の上昇が続いていたこともあって、渡辺の勧誘するままに、ずるずると引きずられて、右のような取引を委託する結果となったものと窺われるところである。

(二) 本件生糸先物取引は、右のように、七月二七日までは、五回にわたり、合計六〇枚を、いずれも買い付けるというものであったが、八月に入り生糸相場の値が下がりはじめ、その後も下げ基調が止らないでいたところ、八月一九日に至り、これらの買建玉を仕切らないまま、一挙に六〇枚を売り付け、両建とする取引が行われているところである。

しかし、右の時点において、控訴人は、商品先物取引において両建をすることの機能あるいはその意味合いについて、全く理解ができていなかった(このことは、原審における控訴人本人の供述内容や、渡辺が、九月二七日に控訴人宅を訪問し、「残高照合書」に控訴人の署名押印を求めた際に、両建の外し方等について、図などを用いて基本的な事柄を説明しているところからも明らかである〔甲八、一〇号証、乙一六号証の二、証人渡辺の原審における証言〕。)のであり、渡辺の電話による両建の勧めを、その意味もよく分からないままに了承する形で売付けの委託がされたものであった。

なお、控訴人は、右の時点において、商品先物取引において、売付けから取引に入る手法があることについてすら、きちんと認識していなかったのである(ちなみに、渡辺も、本件生糸先物取引の勧誘に際して、控訴人に対し、相場の値動きの状況によっては売付けから取引に入る手法もあることについての説明を行わなかったものと窺われる。この間の事情について、渡辺は、一一月一日、控訴人において委託証拠金を追加して預託しなくてはならないことを控訴人の長男範之に説明し、その理解を得るために控訴人宅を訪問した際、「当初はだって始めるころは一番安いですから、だからそういうの(売付けから入る手法もあること)はまだ言ってなかった。」などと控訴人と範之に対し弁解しているところである〔甲三七号証〕。)。

(三) また、本件生糸先物取引においては、右のとおり、平成六年七月一三日の取引開始から一か月余りの八月一九日の時点での取引量が既に一二〇枚にも上っているのであるが、これは、全国商品取引所連合会の「受託業務指導基準」Ⅳが、委託者の保護育成を測り、そのための措置等を社内規則に具体的に定めこれを遵守しなければならないとしていること(当事者間に争いがない)を受けて定められた被控訴人の「受託業務管理規則」六条及び「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」において、商品先物取引の経験のない委託者については三か月間の習熟期間を設け、同期間内における取引の受託は相応の建玉数の範囲においてこれを行うようにするものとし、この場合の外務員の判断枠は二〇枚とするものと定められていることに照らすと、右の一二〇枚という取引量は著しく多量なものとの感を免れ難いところである(もっとも、「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」においては、委託者から外務員の右の判断枠を超える建玉の要請があった場合には、管理担当班の責任者が審査を行いその適否について判断し、妥当と認められる範囲内において受託するものとする旨の規定をも置いているのであり、本件生糸先物取引においても、形式的には、右に定めるような社内手続を経て、その受託がされている。ただし、その審査の結果については、控訴人について、「取引内容も良く理解しており、資金的にも問題有りません」、あるいは「委託者は自分の相場観を持ち合わせており、資産的に余裕も有る」などといった記載がみられるのであって、その審査が適正にされたものであるか疑問があるといわなければならない。)。

(四) 平成六年一〇月一二日からは、東京工業品取引所におけるゴムの先物取引も開始されているところ、これら本件生糸先物取引及び本件ゴム先物取引における各取引については、いずれも渡辺ら被控訴人群馬支店の従業員が電話により委託を勧誘し、控訴人がこの勧誘に従って取引を委託したものである。

このように、本件商品先物取引においては、商品取引所法九四条四号、同法施行規則三三条三号の規定が商品取引員に対し禁止している無断売買に当たる取引があったものとは認められないが、右にみてきたような控訴人の商品先物取引の仕組み等についての理解度やその性格に照らせば、これらの委託による取引の多くは、その実質が、同法九四条三号の規定が商品先物取引員に対し禁止しているいわゆる一任売買に近いものであったのではないかと窺われるところである。

二  本件商品先物取引勧誘の違法性について

1  適合性違反・不適格者勧誘に関する主張について

(一) 全国商品取引所連合会の「取引所指示事項」(「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」)が、「商品先物取引を行うにふさわしくない客層に対しての勧誘」を不適正な勧誘行為としていること、商品取引員協会の定める「受託業務に関する規則」が、その五条(1)において、「経済知識、資金能力及び過去の取引経験等からみて商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘すること」を会員が行ってはならない行為の一つとして規定していること、は当事者間に争いがなく、被控訴人は、「受託業務に関する規則」七条の規定を受けて、「受託業務管理規則」を定めているところ、その二条(商品先物取引不適格者の参入防止に関する規定)において、「恩給・年金・退職金・保険金等により主として生計を維持する者」等、一定の者に対しては商品先物取引の委託の勧誘及び受託を行わないこととするものとし、また、その三条において、商品先物取引を行おうとする顧客について、①氏名、住所、勤務先等、②職業、年齢、性別及び家族構成、③資産及び収入の状況、④商品先物取引及び証券取引の経験の有無、等の事項を記載した「顧客カード」を備え付けるものとし、この顧客カードは担当の外務員等が所定の事項を記載し、受託前に予め管理担当班の責任者に報告し審査を受けるものとしていることは、前示のとおりである。

(二) ところで、「取引所指示事項」が右のような指示事項を定め、「受託業務に関する規則」五条1が商品先物取引に適正を有しない者を勧誘することを禁止する旨の規定をおき、さらに、被控訴人の「受託業務管理規則」二条が、取引の委託の勧誘及び受託を行わない商品先物取引不適格者を具体的に類型化して規定している趣旨・目的は、商品先物取引が、少額の委託証拠金によって多額の取引を行うことができる投機性の高い取引であって、僅かの値動きによって多額の差損益を生じ、損計算になった場合には、委託者が手仕舞いを指示しない限り、損失が増大し続け、短期間のうちに預託した委託証拠金の額を大幅に上回る損失が発生することも少なくなく、しかも、その商品先物取引市場における相場は、需要と供給のバランスのみならず、政治、経済、為替相場等の複雑な要因で変動するという極めてリスクの高い取引であることを考慮すると、商品先物取引を行うために必要な判断能力、資金能力等から、客観的、類型的に、右のような取引に参入する適格性を有しない者を合理的に観念し得るところから、そのような不適格者が商品先物取引へ参入することを防止し、もって不適格者が損失を被ることを未然に防止しようとするものと解される(ちなみに、被控訴人の「受託業務管理規則」二条は、前示の「恩給・年金・退職金・保険金等により主として生計を維持する者」のほか、商品先物取引不適格者として、①未成年者、禁治産者、準禁治産者及び精神障害者、②母子家庭該当者及び生活保護法被適用者、③長期療養者及び身体障害者、④主婦等家事に従事し、一定の所得を有しない者、等を掲記し、また、右の掲記された者に該当しない者であっても、「管理担当班の責任者が、その者の資金力、理解度等からみて商品先物取引を行うにふさわしくないと認定した者に対しては、委託の勧誘及び受託を行わないこととする。」と規定しているところである。なお、前示のような被控訴人の「受託業務管理規則」三条が商品先物取引を行おうとする顧客について、一定の事項を記載した「顧客カード」、を備え付けるものとしている趣旨・目的も、不適格者が商品先物取引へ参入することを防止し、もって不適格者が損失を被ることを未然に防止しようとする右「受託業務に関する規則」五条(1)や「受託業務管理規則」二条の規定と同旨のものであり、これらの規定を実効的なものとするために定められたものと解される。)。

そして、右のような商品先物取引の特質や「取引所指示事項」、「受託業務に関する規則」及び「受託業務管理規則」の関係規定の趣旨・目的並びに社会通念に照らせば、商品取引員は、一般消費者に対し商品先物取引の委託を勧誘し、あるいは一般消費者から商品先物取引を受託しようとするときは、その者が右のような商品先物取引不適格者に該当しないかどうかについて必要な調査を行い、客観的、類型的にみてその者が商品先物取引不適格者に該当すると認められるときは、商品先物取引の委託の勧誘及び受託を行わないようにすべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当であり、商品取引員及びその使用人において、右義務に違反し、必要な調査を怠り、客観的、類型的にみて商品先物取引不適格者に該当すると認められる者に対し取引の委託を勧誘し、あるいは取引を受託することは不法行為を構成するものというべきである。

(三) そこで、これを本件についてみると、前示一1、2のとおり、控訴人は、大正一五年四月一六日生まれの男性で、商業高校を卒業後、会社員などとして働いていたが、昭和六一年以降は完全に社会の第一線を退き、主として年金収入により生計を維持しており、本件商品先物取引の勧誘を受けた当時既に六八歳に達していた高齢者であって、本件商品先物取引の勧誘を受けるまで、信用取引はもとより株式等の現物取引をした経験も全くない者であったのである。右のところからすれば、控訴人は「年金により主として生計を維持する者」として、商品先物取引不適格者に該当する者と認定判断するのが相当であるようにも思われる。

しかしながら、前示一1、2のとおり、控訴人は、住所地に宅地建物を所有するほか、四筆の田畑を所有しているのであり(これらの固定資産に係る評価額は、合計四〇四九万八〇六二円に上っている。その評価額のほとんどは控訴人が居住する宅地建物が占めるが、その宅地の地積は合計958.31平方メートルに及ぶ。)、他にも約二三〇〇万円の預貯金を有し、また、第一勧業銀行の株式三〇〇〇株を保有していたところである。そして、「受託業務管理規則」二条の規定が、前示のとおり「年金により主として生計を維持する者」を商品先物取引不適格者に該当する者として例示しているのは、主として、その者が商品先物取引を行うために必要な資金的能力を有しているか否かという観点から規定したものと解されることを考慮すると、控訴人が主として年金により生計を維持しているものであるからといって、右のように一定の資産を有しているにもかかわらず、客観的、類型的にみて、およそ商品先物取引に参入する適格性がない者として、右取引から排除しなければならない者であると断定することができるのか、疑問が残るものといわざるを得ない。

確かに、控訴人の有する右の預貯金や株式は、投機取引に充てるにふさわしい余裕資金というよりも、老後に備えての蓄えというべき性格が強いものとみるのが相当と思われるが、このような点を考慮に入れるとしても、商品先物取引の委託の勧誘に当たる者において、取引の仕組みやその危険性、取引の委託の方法、手順、追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等について、的確に理解することができるような内容の説明を行うことを前提とした場合、右のような資産を有する年金生活者において、その資産状態に適合する範囲での商品先物取引を行うことがおよそできないものとは断じがたいと思われるのである。

(四) 以上のところよりすれば、控訴人が、客観的、類型的にみて右の商品先物取引不適格者に該当する者と認めることはできないというほかはなく、適合性違反・不適格者勧誘に関する控訴人の主張は、その余の点について検討するまでもなく、採用することができない。

2  説明義務違反・危険性不告知に関する主張について

(一) 一般に、商品先物取引市場における相場は、需要と供給のバランスのみならず政治、経済、為替相場等の複雑な要因で大きく変動するものであり、その確実な予測は本質的に不可能なものであるから、商品取引員ないしその使用人が一般消費者に対して提供する商品先物取引に関わる利益やリスクについての情報や判断も、本質的に不確実な要素を多く含んだ将来の見通しの域を出ないものである。したがって、一般消費者が、商品先物取引に関わる利益やリスクについての商品取引員ないしその使用人が提供する情報や判断に依拠して、商品先物取引を行おうとする場合においても、一般消費者自らが、取引に関わる利益やリスクについて判断し、その責任において取引を委託するか否かを決すべきものであることはいうまでもない。

(二) しかしながら、商品先物取引が、前示1(二)のような特質を有する極めてリスクの高い取引であること、他方、商品取引員は商品先物取引の受託業務を独占するという特権を享受しているものであること(商品市場における取引は、その市場を開設する取引所の会員でなければすることができない〔商品取引所法七七条参照〕から、一般消費者が商品先物取引を行おうとするときは、会員であって、かつ主務大臣から取引の受託の許可を受けた商品取引員に取引を委託するほかはない〔同法四一条一項、三項〕。)、しかも、商品取引員は、商品先物取引に関する専門家として、商品市場における先物取引についての豊富な経験を有しているところから、その取引の仕組みを熟知しているばかりでなく、商品市場において先物取引の対象とされる商品の相場に関する複雑な変動要因や取引にかかわるリスクについても専門的な知見を有する者ということができること、それゆえ、一般の消費者である投機家は、商品取引員を信頼し、その提供する情報や勧奨に基づいて商品先物取引に参入し、取引を委託していること、等を考慮すれば、商品取引員及びその使用人は、一般の消費者に対し商品先物取引の委託を勧誘するに当たっては、商品先物取引の仕組みやその危険性等に関する十分な情報を提供し、一般の消費者がこれについての的確な理解を形成した上、その自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し、取引を委託するか否かを決することができるように配慮すべきものといわなければならない。

「取引所指示事項」1(3)が「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘」を不適正な勧誘行為とし、「受託業務に関する規則」が、その五条(2)において「取引の仕組み及びその投機的な本質について、顧客に十分に説明しないで勧誘すること」を会員が行ってはならない行為の一つとして規定し(これらの点は、当事者間に争いがない。)、また、被控訴人の「受託業務管理規則」の四条(勧誘の際の説明義務に関する規定)が、「商品先物取引の委託の勧誘にあたっては、受託契約準則、危険開示告知書、「商品先物取引・委託のガイド」等の関係書面を交付し、商品先物取引のしくみ、上場商品に関する知識ならびに情報収集の方法等の基本的知識について詳細に説明しその投機的本質について危険開示を行うとともに、顧客の判断と責任において取引を行うことについて、顧客に充分な自覚を促したうえで参加を求めることとする。」旨規定している(乙一五号証。ただし、右の一部は当事者間に争いがない。)のも、右と同旨の趣旨・目的に出たものと解することができるのである。

(三) 右にみたような商品先物取引の特質や取引参入に関する法的規制の構造、更には「取引所指示事項」、「受託業務に関する規則」及び「受託業務管理規則」の関係規定の趣旨・目的並びに社会通念に照らせば、商品取引員及びその使用人は、一般の消費者に対して商品先物取引の委託を勧誘するに当たっては、取引の仕組みやその危険性、取引の委託の方法、手順、追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等について、その者が的確に理解することができるように、その者の職業、年齢、商品先物取引ないし信用取引等に関する知識、経験等に基因する理解力に対応した十分な説明を行い、その者が商品先物取引の仕組みやその危険性等に関する的確な理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し、取引を委託するか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(以下、単に「説明義務」という。)を負うものというべきであり、商品取引員及びその使用人において、右義務に反する商品先物取引の委託の勧誘を行うことは不法行為を構成するものというべきである(なお、右のように商品先物取引を勧誘する際の説明義務の内容を、勧誘する相手方の理解力に具体的に対応したものとして措定することについては、商品取引員及びその使用人に対して難きを強いるものとの批判も予想されないではないが、説明義務の内容が、勧誘する具体的な取引の性質、内容や勧誘する具体的な相手方の理解力に対応したものでなければならないことは、事柄の性質上当然というべきであるばかりでなく、前示のように、商品取引員は、日本商品取引員協会が策定した「受託業務に関する規則」七条の規定を受けて「受託業務管理規則」を定めているところ、被控訴人の「受託業務管理規則」三条においては、商品先物取引を行おうとする顧客について、①氏名、住所、勤務先、②職業、年齢、性別及び家族構成、③資産及び収入の状況、④商品先物取引及び証券取引の経験の有無、等の事項を記載した「顧客カード」を備え付けるものとされている(他の日本商品取引員協会加入の商品取引員も、「受託業務管理規則」に同旨の規定をおいているものと推認される。)のであって、商品取引員の使用人において、商品先物取引と勧誘に際して、「顧客カード」に記載すべきこれらの事項について相当な調査を行い、あるいは勧誘する相手方に対しこれらの事項について聴取り、確認等を行う過程を通して、また、商品先物取引を勧誘する際の説明の過程を通して、相手方の商品先物取引に関する理解度を具体的に把握することが困難であるとは認められないから、右のような批判は当たらないものというべきである。)。

(四) そこで、これを本件についてみると、前示一1、2のとおり、控訴人は、大正一五年四月一六日生まれの男性で、商業高校を卒業後、会社員などとして働いていたが、昭和六一年以降は完全に社会の第一線を退き、主として年金収入により生計を維持しており、本件商品先物取引の勧誘を受けた当時既に六八歳に達していた高齢者であって、しかも、本件商品先物取引の勧誘を受けるまで、信用取引はもとより株式等の現物取引をした経験もなく、商品先物取引については、それが危険なものであるとの漠然とした印象を持っていただけで、これに関する具体的な知識は全く有していなかった者であった。

したがって、商品取引員である被控訴人及びその使用人においては、これまで信用取引はもとより株式等の現物取引をした経験も全くなく、高齢で年金生活に入って久しい控訴人に対し、商品先物取引の委託を勧誘するに当たっては、商品先物取引の仕組みやその危険性、取引の委託の方法、手順、追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等について、控訴人が的確に理解した上で、その自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し、取引を委託するか否かを決することができるように念入りに説明を行うべき義務があるところ、前示一の認定事実に照らせば、被控訴人の従業員である阿部、宮崎及び渡辺らにおいて、控訴人に商品先物取引の委託を勧誘するに当たり、控訴人に対し、必要な説明を行わなかったというべきことは明らかである。

前示のとおり、被控訴人の従業員渡辺は、平成六年七月一二日、控訴人宅を訪問した際、控訴人に対し、大学ノート様の用紙に簡単な図を書くなどして、商品先物取引の仕組みのあらましについて説明したところであり、また、それまでの電話による勧誘の際にも、商品先物取引の仕組みについて断片的には説明したものと推察されるが、渡辺に先行して控訴人を商品先物取引に勧誘した被控訴人の従業員阿部及び宮崎はもちろんのこと、渡辺においても、商品先物取引の危険性について控訴人に対し具体的に説明した形跡は全く認められない。もとより、商品先物取引が投機取引であって一般消費者が参入する取引としては極めてリスクが高いものであること自体は公知の事実であるということができるし(控訴人自身も、商品先物取引について、それが危険なものであるとの漠然とした印象を持っていたことは前示認定のとおりである。)、商品先物取引の仕組みや追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等について十分な説明を行っていけば、自ずから商品先物取引の「危険性」なるものの要因、すなわち、商品先物取引が少額の委託証拠金によって多額の取引を行うことができる投機性の高い取引であって、僅かの値動きによって多額の差損益を生じ、損計算になった場合には、短期間のうちに預託した委託証拠金の額を大幅に上回る損失が発生することも少なくないこと、しかも、その損益を決する商品先物取引市場における相場は、需要と供給のバランスのみならず、政治、経済、為替相場等の複雑な要因により変動するのであって、その確実な予測は本質的に不可能なものであること、したがって、商品取引員ないしその使用人が委託者に対して提供する商品先物取引に関わる利益やリスクについての情報や判断も、本質的に不確実な要素を多く含んだ将来の見通しの域を出ないものであること、加えて、商品先物取引においては、瞬時に値段が大きく変動することも珍しくないから、このような相場の動きに的確に対応した取引を行うためには、冷静な判断力と即断即決ができる能力を必要とすること(この点は、被控訴人も自認するところである。)等、についても理解することが可能となるはずのものということができるものと思われるが、渡辺が控訴人に対してした商品先物取引の仕組みや追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等についての説明が、控訴人において、右のような商品先物取引の「危険性」を取引の仕組みに即してある程度具体的に理解することができるような内容のものであったと認め難いことは、前示一6、9(一)、(二)の認定・説示等から明らかというべきである(ちなみに、控訴人は、平成六年一〇月ころ、被控訴人からの商品先物取引に関するアンケート調査に対し、「株式と違って取引を成立させるにはタイミングが重要なのでしょうが、電話で即断即決の回答を要求されるので苦痛です。小生には無理らしい。進退考慮中です。」との回答をしている〔乙一七号証〕。また、控訴人は、前示のように、渡辺の勧誘に応じて「勉強のつもりで商品先物取引をやってみようと思い」約諾書に署名押印した際は、「せいぜい三週間かそこらは貰った『商品先物取引・委託のガイド』等を読んで、いくらか勉強をし、少しずつゆっくり時間をかけて取引をして行きたい」と考えていたのである。ところが、本件生糸先物取引の開始直後から、渡辺から頻繁に取引の勧誘を受け、自らが「考えていたのと全く違って、取引のペースが余りに早いことにめんくらってしまった」のである。もし、控訴人において、渡辺から勧誘された際に受けた商品先物取引に関する説明により、商品先物取引は即断即決ができる能力を必要とする取引であると感じたとすれば、控訴人が本件商品先物取引に手を出すことはなかったものと推認されるのである。)。

なお、渡辺は、平成六年七月一二日に、本件生糸先物取引に関する約諾書を取り交わした後ではあるが、控訴人宅で「約諾書及び受託契約準則」、「商品先物取引・委託のガイド」及びその「別冊」を控訴人に手渡しており、控訴人においてこれらの書面を熟読すれば、その記載内容に照らし、商品先物取引の仕組みやその危険性、取引の委託の方法、手順、追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等について的確な理解を形成し得たものと窺われるが、そうであるからといって、本件生糸先物取引の委託の勧誘に当たっての被控訴人の控訴人に対する説明義務が尽くされたことになるものでないことはいうまでもない(そもそも、前示一7のとおり、渡辺は、控訴人に対し商品先物取引の委託を勧誘するに際して、きちんと控訴人の職業、年齢や収入等の生活状況及び資産状況等を調査しようとも、控訴人からこれらの事項を聴取り、あるいは確認しようともしなかったのであり、また、受託前に予め管理担当班の責任者に報告し、審査を受けるものとされている顧客カードには、勧誘した際における控訴人とのやり取りの中から渡辺が憶測したに過ぎない内容を記載しているのであって、これらの事実は、次に説示するいわゆる断定的判断の提供の事実とともに、渡辺の、控訴人に対する本件生糸先物取引の委託の勧誘の方法がどのようなものであったか、を雄弁に物語っているものということができよう。)。

(五)  以上のところからすれば、渡辺は、控訴人に対し本件生糸先物取引の委託を勧誘するに当たって、商品先物取引の仕組みやその危険性、取引の委託の方法、手順、追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等について、控訴人が的確に理解することができるように十分な説明を行い、控訴人が商品先物取引の仕組みやその危険性等に関する的確な理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し、取引を委託するか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(説明義務)に違反し、社会通念に照らして容認され得る範囲を逸脱した不当な方法によって本件生糸先物取引を勧誘し、これを受託したものというべきである。

したがって、渡辺の右勧誘行為は不法行為を構成するものといわざるを得ない。

3  断定的判断の提供に関する主張について

(一) 商品取引所法九四条一号は、商品取引員は、「商品市場における取引につき、顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘する」行為(以下、右の行為を「断定的判断の提供」という。)をしてはならない旨を規定している。

右の規定は、前示のように、商品市場における相場は、需要と供給のバランスのみならず、政治、経済、為替相場等の複雑な要因で大きく変動するものであり、その確実な予測は本質的に不可能なものであって、商品取引員が顧客に対して提供する先物取引に関わる利益やリスクについての情報や判断も、本質的に不確実な要素を多く含んだ将来の見通しの域を出ないものではあるが、商品取引員は、先物取引に関する専門家として、商品市場における先物取引についての豊富な経験を有しているところから、顧客は、商品取引員を信頼し、その提供する情報や勧奨に基づいて先物取引に参入し、取引を委託しているのが一般であり、したがって、特に商品先物取引の経験や知識に乏しい顧客の場合、商品取引員が、先物取引について利益を生ずることが確実であるといったような断定的な判断を提供して取引の委託の勧誘を行うと、それが十分な根拠を持つものと軽信し、冷静に自主的な判断をすることなく、その勧誘に応じてしまうおそれが強いところから、委託者保護のために、昭和四二年法律第九七号による商品取引所法の改正によって追加して規定されたものである。

そして、右のような委託者保護のために規定された商品取引所法九四条一号の趣旨・目的に照らせば、商品取引員及びその使用人において、右の規定に違反して、断定的判断を提供し、商品先物取引の委託の勧誘を行うことは不法行為を構成するものというべきである。

(二)  そこで、これを本件についてみると、前示一3ないし5のとおり、平成五年春ころ、被控訴人群馬支店の従業員が、控訴人に対し、「生糸の相場が今までの統計からみても底値のところにきていて、時期的によい時期なので、生糸の先物取引をやりませんか。今買えば、絶対に損はしませんと。」との趣旨の話をして、生糸の先物取引を勧誘し、同年一一月ころにも、被控訴人群馬支店の従業員である阿部智之、宮崎忠広が、控訴人宅を訪問して、控訴人に対し、「今、生糸が底値の時期になっていて、買えば絶対に儲かるからやってみませんか。」という趣旨の話をして、生糸の先物取引を勧誘しているのであり、また、渡辺も、平成六年二月、電話により、控訴人に対し、間違いなく儲かる話として、先物取引により生糸を買い付けることを勧誘し、さらには、右のような一連の生糸先物取引についての執拗な勧誘の経過の流れに乗って、同年七月にも、「生糸の相場が五月初めには九六四五円まで上がったが、今はまた七〇〇〇円台まで下がってきているので、買い付けるチャンスです。」などと、控訴人に対し、執拗に勧誘していたのであり、渡辺ら被控訴人群馬支店の従業員らにおいて、商品取引所法九四条一号の規定に違反して、控訴人に対し、断定的判断を提供して生糸先物取引の委託の勧誘を行ったことは明らかというべきである。

そして、渡辺ら被控訴人群馬支店の従業員らの右のような断定的判断の提供を伴う執拗な生糸先物取引の勧誘により、これを断り続けていた控訴人においても、遂に「勉強のつもりで、少量の取引ならやってみてもいいのではないか。」などと思うようになり、勧誘に応じて本件生糸先物取引を委託するに至ったことは、前示一5、6のとおりである。

(三)  したがって、被控訴人群馬支店の従業員である渡辺らの右のような断定的判断を伴う勧誘行為は不法行為を構成するものといわざるを得ない。

三  被控訴人の損害賠償責任について

以上認定判断したとおり、被控訴人群馬支店の従業員らの控訴人に対する右生糸先物取引の勧誘行為は不法行為を構成するものであるから、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人は、民法七一五条により、控訴人が被った損害についての賠償責任を免れない。

四  控訴人の損害について

1  証拠〔乙五ないし八号証〕によれば、本件生糸商品先物取引及び本件ゴム商品先物取引を合わせた本件商品先物取引の全体を通して、控訴人は、取引により合計八八九万三三一二円の損失を出したものと認められる。

そして、被控訴人群馬支店の従業員である渡辺らの前示のような本件生糸先物取引の勧誘の際の説明義務違反、断定的判断の提供という不法行為により控訴人が被った損害の額の算定については、右のような不法行為によって控訴人が本件商品先物取引に参入し、被控訴人に対しこれらの一連の取引を委託するようになったこと、前示のように、これらの委託による取引の多くは、その実質が一任売買に近いものであり、渡辺らの勧誘するままに、ずるずると引きずられて、右のような取引を委託する結果となったものであること等に照らせば、これらの一連の本件生糸先物取引の全体及び本件ゴム商品先物取引の全体を一体のものと把握して、その損益を通算して算定するのが相当というべきである。

したがって、被控訴人群馬支店の従業員である渡辺らの不法行為によって控訴人が被った損害の額は、右の八八九万三三一二円と認められる。

2  過失相殺

そして、控訴人が本件商品先物取引に参入し、被控訴人にその取引を委託するについては、前示のように、そもそも、商品先物取引が、投機取引であって一般消費者が参入する取引としては極めてリスクが高いものであることは公知の事実であること、控訴人においても、本件生糸先物取引の委託の勧誘に応じるについては、商品先物取引は危険であるとの印象を持っていたにもかかわらず、二〇〇万円程度の損失を被ることは覚悟の上で、「勉強のつもりで」商品先物取引をやってみようと考えるなど、いささか軽率で安易と評されてもやむを得ない面があったこと、一般消費者が、商品先物取引に関わる利益やリスクについての商品取引員ないしその使用人が提供する情報や判断に依拠して、商品先物取引を行おうとする場合においても、一般消費者自らが、取引に関わる利益やリスクについて判断し、その責任において取引を委託するか否かを決すべきものであるところ、控訴人は、本件商品先物取引に関する約諾書を取り交わした当日、渡辺から「約諾書及び受託契約準則」、「商品先物取引・委託のガイド」及びその「別冊」を手渡されているのであり、控訴人においてこれらの書面を熟読すれば、その記載内容に照らし、商品先物取引の仕組みやその危険性、取引の委託の方法、手順、追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等について的確な理解を形成し得たものと窺われるにもかかわらず、これを速やかに熟読しようとしなかったこと、等の本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すれば、控訴人の過失の割合は五割と認めるのが相当であり、これを控訴人が被控訴人に対し賠償を求めることができる損害の額から控除することが相当というべきである。

したがって、右過失相殺後の控訴人の損害額は四四四万六六五六円となる。

なお、控訴人は、本件のように、業者が被勧誘者の軽率を知り、もしくは容易にこれを知り得るのに、むしろこれを利用して勧誘し、商品先物取引を委託させたような場合には過失相殺はなされるべきではない旨主張するが、右に説示したような本件商品先物取引をめぐる諸事情を総合考慮すれば、本件においても、右の限度で過失相殺を行うことが損害の公平な負担という損害賠償法の基本理念によりよく適合するものと解されるところであって、控訴人の右主張を採用することはできない。

3  弁護士費用

控訴人が被控訴人に対し賠償を求めることができる本件取引による損害額、本件訴訟追行の難易等諸般の事情を考慮すれば、右不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、四〇万円をもって相当と認める。

4  したがって、控訴人が右不法行為によって被った損害額の合計は四八四万六六五六円となる。

第四  結論

以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償として四八四万六六五六円及びこれに対する平成六年一一月四日から支払い済みまで民法の定める年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は理由がないから、これを棄却すべきである。

したがって、右と異なる原判決はその限りで不当であるが、その余は相当であるから、これを主文のとおり変更することとする。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官橋本和夫 裁判官川勝隆之)

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